太陽発電

2010年10月25日月曜日

Bob Dylan



SさんにDVDをお借りして、映画「Masked and Anonymous(Bob Dylanボブ・ディランの頭のなか)」を観た。観終って思ったのは、(企画がそういうものらしいけど)堂々とつけた邦題だなと。一応架空の時代のとある伝説的なミュージシャンを演じているけど、ほぼBob Dylanディラン。エンディングでは完璧にBob Dylanボブ・ディランになってたような気が個人的にした。ストーリーやディティールはともかく、楽曲が当然良く、Bob Dylanディランはやっぱり格好良い。邦題通り彼の頭の中を覗ける長いPVみたいで良かった。

プロローグにオフィシャルで真心の「マイ・バックページ」が使われてたのがちょっとびっくり。僕はBob Dylanディランのオリジナルよりも好きだったのもあり、なんとなく日本人としても嬉しいし、改めて母国語の歌の力を感じた。

Traveling Wilburys(トラベリング・ウィルベリーズ)~ジョージ・ハリスン、ジェフ・リン、Bob Dylanボブ・ディラン、トム・ペティ、ロイ・オービソン~

まるでメジャーリーグのオールスターゲーム。
ジョージ・ハリスン、ジェフ・リン、Bob Dylanボブ・ディラン、トム・ペティ、ロイ・オービソン。
わずかな時間を共有したドリームチームはプロフェッショナル中のプロフェッショナル!
楽曲良し、演奏良し、エネルギー良し。。。

Traveling Wilburys(トラベリング・ウィルベリーズ)/She's My Baby(シーズ・マイ・ベイビー)
これを聴いて、些細な事は吹っ飛ばしましょう~♪
比較に使用したステレオ盤は、03年リマスターのCD。このアルバムもファーストに引き続き弾き語りが中心だが、「コリーナ、コリーナ」のみバッキング・ミュージシャンを起用している。

 ファースト『Bob Dylan』はステレオ盤であってもヴォーカル、ギター、ハーモニカがほぼ中央に置かれる素朴なミックスだったのに比べると、『The Freewheelin'』はサウンド・プロダクションに凝り始めたことが分かる。ヴォーカルを強調する意図があったようで、ヴォーカルが真ん中、ギターが右寄り、ハーモニカが左寄りに配置されたミックスとなっている曲が多い。

 ファーストと同じように全パートが真ん中にミックスされているのは、「くよくよするなよ」「オックスフォード・タウン」「ワン・モア・チャンス」「アイ・シャル・ビー・フリー」と、何故かアナログ盤で言うところのB面曲に集中している。

 03年版リマスターで聴くと、メリハリを付けるためか音圧が非常に高く、真ん中にでーんと置かれたヴォーカルは時に耳障りですらある。またギターとハーモニカが左右に分かれているため、ヴォーカリスト、ギタリスト、ハーピストの3人のBob Dylanディランが別々に演奏しているようで滑稽だ。

 モノ盤の場合、こうした不自然さは解消されている。全パートが中央に位置しているのは当然のことながら、03年版リマスターと比較すると音圧が控えめで、その分優しく聴こえる。これは弱々しいという意味ではなく、音楽に接する上で自然だし、温かみすら感じられるのだ。ギターの音など使っている弦が違うのではないかと思えるほど、耳当たりがやわらかい。

 90年代の後半になってようやくリマスターの概念が確立され、以降CDの音質は目覚しく向上したけれども、それは同時に音圧を上げる競争のような面もあった。各パートがはっきり聴こえるのは良いとしても、過剰な音圧は聴く者を疲弊させてしまう。昨年のビートルズのリマスターや、今回のBob Dylanディランのモノ・リマスターなどはそれに対する反動、反省があるような気がする。

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